とすれば、それを見たはずの人は誰でしょう――少なくともそれを知っているはずの人は誰でしょう? お父様はオブリアンさんをお憎みになる余り御自分の娘までもその――」
 ガロエイ夫人は金切声をあげて叫んだ。他の一同は若い二人の間に起ったであろうその悪魔的悲劇に思い触れてギクッとした。彼等はスコットランド貴族の誇り高い白い顔と、暗い家の中のふるい肖像画のような、愛蘭土《アイルランド》の危険人物である、彼女の恋人とを眺めた。
 病的な沈黙の最中に、一つの無邪気な声がいった。「それはよほど長い葉巻だったかしら?」
 突然の言葉に彼等は吃驚《びっくり》して、誰が言ったのだろうかと周囲を見廻した。
「わしは」と室《へや》の隅っ子から師父ブラウンは云った、「わしはブレインさんが喫うておられたという葉巻のことをいうとるんですぞ。それは散歩杖のように長い葉巻のように思われるんでな」
 一向に要領を得ないような言葉ではあったが、それを聞いて頭を持上げたヴァランタンの顔には感心したような、癇癪を起したような表情が浮んでいた。
「いや全くです」と彼は鋭く云った。「イワン、もう一度ブレインさんを見に行って来れ、そしてすぐにここに御連れしろ」
 執事が扉《ドア》を閉めて出て行《ゆ》くと、ヴァランタンは今実に非常な熱心さを持って令嬢に話しかけた。
「マーガレット嬢、吾々一同はあなたが司令官の行為について試みられた御説明に対しては感謝と賞讃を感じました。しかし、その御説明にはまだ足らん所がある。御父さんはあなたが書斎の方から客間の方へ行《ゆ》かれたのと出遇われたという御話です。それからわずかに二三分たって、お父さんは庭の方にオブリアン君がまだ散歩しておられるのを見られたという事ですが」
「けれどもこういう事も御承知になっていただきたいのですわ」と彼女の声に幾分皮肉さをもってマーガレットは答えた。「あれは私があの方の御申込を御断りいたしたばかりの時でございましたから、二人腕を組んで戻ってまいる訳にもまいりませんでしたの。とにかく、あの方は紳士でいらっしゃいますから、それであの方は後へお残りになりましたものですから――殺人の嫌疑等を御受になったのでございますわ」
「その何分かの間に」とヴァランタンは重々しくいった。「オブリアン君は事実その――」
 またもやノックの音がしてイワンが刀痕のある顔を差出した。

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