うようになった。とりわけ彼は慈善とか施財とかいうものを信ずることが出来ないようになった。そしてもし正直に自分に与えられただけの権利以上に決して貪ることを知らぬ人間がこの世にあるなら、その者にグレンジール城内の黄金を残らず譲ってやろうと心に誓った。人間に対してこの挑戦を宣言した後《のち》、彼はしかしそうした人間が何としてこの世にあろうものかと考えながら、城内ふかく人目を避けて閉籠もっていた。しかしながらある日、聾で一見白痴のような一人の若者が遠方の村から、一通の電報を彼のところへ持って来た、伯爵は苦笑いをしながら彼に新鋳《しんちゅう》の一銭銅貨を一枚与えた。少なくともその時は銅貨を与えたのだと思っていた、やがて財布をあけて貨幣をしらべてみると、新鋳銅貨はそのままあって十円金貨が一枚無くなってるのを発見した。この偶然の出来事は伯爵の皮肉な頭に対して好ましい光景を与えた。いずれにしても、その若者は人間らしく貪慾の炎を燃やすであろう。すなわち貨幣盗財として姿をくらますか、褒美ほしさに返しに来るか。その夜の真夜中にグレンジール伯爵は寝込みをたたき起された――彼はたった一人で住んでおったんじゃ――
前へ 次へ
全36ページ中32ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
チェスタートン ギルバート・キース の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング