」
「ああ、後生ですから来られる早々無駄言ばかりは御免下さい」と警察探偵は笑いながら云った。
「まあ聞きたまえ、吾々《われわれ》は今グレンジル卿についてある事件を発見するところです。卿は狂人であったのです」
高い帽子をいただき鋤を担いだゴーの黒い影法師が暮れ行く空に朧げな外線を劃《かく》しながら窓硝子を過ぎて行った。師父ブラウンは熱心にそれを見送っていたがやがてフランボーに答えて云った。
「なるほど伯爵については妙な点があるに相違ないとわしは思っている。でなくば自分を生埋めにさせるわけはなくまた事実死んだとしたらあんなに慌てて葬らせようとしなくともよいはずじゃ。しかし君、狂人とはいかなる点を以て云うのじゃな」
「さあそこですが」とフランボーが云った。「[#「「」は底本では欠落]このクレーヴン君が家《うち》の中で蒐集した物件の品名目録を今読上げてもらうから聞いて下さい」
「しかし蝋燭《ろうそく》がなくてはどうもならんなア」とクレーヴンが不意に言った、「どうやら暴模様《あれもよう》になって来たようだし、これでは暗くて読めん」
「時にあなたがたの蒐集中に蝋燭らしいものがあったかな?」ブラウンが笑いながら云った。
フランボーは鹿爪《しかつめ》らしい顔をもたげた。そして黒い眼をこの友人の上にジッと据《す》えた。
「それがまた妙なんでしてね、蝋燭は二十五本もありながら燭台は影も形も見えんです」
急に室内は暗くなって来た、風は急に吹荒《ふきすさ》んで来た。ブラウンは卓子《テーブル》に添うて蝋燭の束が他のゴミゴミした蒐集品の中に転がっているところへ来た。がふとその時彼は赤茶色の芥《あくた》の山のようなものを見出《みいだ》して、その上にのしかかってみた。と思うまに激しいくさめの音が沈黙をやぶった。
「ヤッ! これはこれは嗅煙草《かぎたばこ》じャ!」とブラウンが云った。
彼は一本の蝋燭を取上げて叮嚀《ていねい》に火を点け、元の席に帰って、それをウイスキー瓶の口にさした。気の狂ったようにバタバタとはためく窓を犯して吹込む騒々しい夜気《よき》が長い炎をユラユラと流れ旗のように揺めかした。そしてこの城の四方に、何|哩《マイル》となくひろがる黒い松林が孤巌《こがん》を取巻く黒い海のようにごうごうと吠えているのを彼等はきいた。
「では目録を読上げてみましょう」とクレーヴン探偵は鹿爪らしい
前へ
次へ
全18ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
チェスタートン ギルバート・キース の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング