または謝辞、否《いな》恋文さえ受取った。その中に一つ、何等の理由なしに彼の記憶をとらえるものがあった。それは英吉利《イギリス》の消印のある封筒に名刺が一枚封のしてあるきりの簡単なものだった。名刺の裏には緑色のインキで仏文でこう書かれてあった。『もし貴下が職を退《しりぞ》かれて堅気となる事でもあらば、某《それがし》をお訪ね下されたし、某は貴下とお会ひしたき心なり、現代のあらゆる立派な人物にはもはや会ひつくしたれば貴下が探偵をまきて見当違ひの逮捕をなさしむる手際にいたりては、仏蘭西《フランス》史における最も光彩ある場面ならんか」名刺の表には型の如く「公爵サレーダイン、|蘆の家《リードハウス》、|蘆の島《リードアイランド》、ノーフォーク州」と印刷されていた。
その当時彼はこの公爵のことを深く気にかけてはいなかった。公爵は南|伊太利《イタリー》で有名な社交家だということを知る以上には。彼は若い時にある上流社会の夫ある女と駈落ちしたとの事であった。しかし、駈落ぐらいはこの社会にとってさのみ驚くべきことではなかったが、それに附随して起ったある悲劇のためにこの事件はなかなか世人の記憶から忘れられぬ
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