いたい時の用意として鮭の鑵詰《かんづめ》、まさかの場合の用意として装填された何挺かの短銃《ピストル》、気が遠くなるようなことがないとも限らんというので一罎《ひとびん》のブランデー酒、それからヒョコリ死なないともかぎらないというので一名の坊さん。この軽い荷物を積載して彼はノーフォーク州の小川から小川へと、最後には『広沢《ブロード》』地方(英国東部にて河水が湖のようにひろがりたる所)へ達するようにゆるゆると廻って行った、行く行くあるいは水郷の庭園や牧場、あるいは河水に姿をうつす館や村落の画《え》のような景色を賞し、またあるいは池沼幽水《ちしょうゆうすい》に釣糸を垂れて、岸辺に道草をくいながらの旅であった。
 真の哲人のように、フランボーはこの旅行に決して目的を持たなかった。が、真の哲人のように、理由を持った。彼は一種の半目的を持った。それが成功すれば、旅楽に錦上《きんじょう》花《はな》を添えるべきものとして彼はその目的を重大視してはいたが、また失敗しても旅楽を傷つけはしないだろうと考えていた。昔年、彼が犯罪界の王としてまた巴里《パリー》において最も有名な人物として、彼はしばしば多くの讃辞や
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