する事が出来ず、毛を吹いて疵を求むる底の事を為すよりは、唯々諾々として怪兇の命にこれ従うより外《ほか》はないのであった。ただし唯一の対抗策としてプラスビイユを警視総監に抜擢したのも、要するにドーブレクと個人的に仇敵の間柄であるためで、わずかにこれをもって政府の大敵たるドーブレクに対抗せんとする真意に外《ほか》ならないのだ。
『で、あんたは彼と御会いですか?』
『ええ、時々会いました。と申すよりは会わなければならなくなりました。夫《たく》は死にましたが、名誉はまだそのままとなって、誰れもその真相を存じていません。ですから私は最初に、ドーブレクの会見申込に応じました』
『その後、たびたび御会いですか?』
『幾度も会いました』と夫人は力ない声で云った。『ええ幾度も会いました……劇場とか……夜、アンジアンの別荘とか……パリーの邸とかで……それも夜です……と申しますのは、私もあんな男と会うのを人に見られるのが恥しいからでございます。しかしそれも私の胸にある一年から余儀なくああしなければならなくなったのでして……私の夫の讐《あだ》を晴らしたいばっかりに……ええ、復讐です。私の今日までの行動も、生き
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