ロロホルムの御馳走を召上っている間に、私は一気呵成に目的物を得る方法を考えました。いいえ、拷問なんぞの必要もありません……余計な苦痛を与えるのも罪ですから……一思いに殺すんです……極めて細い針を、その胸、心臓の辺りに徐々と突き込むんです……たったそれだけです……ですがそれはメルジイ夫人に御願したのです……愛児を殺されんとする母の心……情容赦は致しません。「云え、ドーブレク、云え連判状の所在を云え……云わなければ針を段々深く突込むよ」と云った訳で、一ミリばかり突込み……また一ミリ……ところが強情我慢のドーブレクですな、一言も云いません。驚きましたよ。ですが、次第に苦しくなったと見えて、少しく唇を動かしました、その時、夫人が「眼……眼……眼鏡の中に……眼を見ましょう……」と云うので、もちろん私も、その苦痛の眼からきゃつの秘密を読んでやろうと思っていた矢先ですから、いきなり黒眼鏡を引ぱずしてやったんです、と突然、何とも云えない感じに打たれ、ハッと思うと一切の光明がサッと出ましたね。で噴飯しましたよ、大笑いでさあ……いきなり拇指をグイと突込んで、ポンと刳り出しましたよ、左の眼球《めだま》を! アッハッハハハ』
 ニコル氏は凄い声で呵々と大笑した。彼はいつの間にか臆病な、窮屈な田舎出の家庭教師の仮面をかなぐり棄てて、濶達奔放、縦横無碍の調子で喋舌り立てる様になった。プラスビイユは面喰って目ばかりパチクリパチクリさしている。
『ポンと飛び出しやがったぜ、大将! 巣からはね出したんでさあ。ヤイ、親方、二ツの眼球を何にするんだ! 贅沢だ。ソレ、クラリスさん。床の上へころがりましたよ。踏み潰しちゃいけない……ドーブレクの眼球です! 踏み潰しちゃいけませんよってね。ハッハハハ』と笑いながら彼は懐中から一物を取り出して掌でころがし、二三度手毬に取って、また元の懐中へ入れた。
『ドーブレクの左の眼球です』
 プラスビイユは茫然としてしまった。この奇怪な訪問客は何しに来たのか? 全体何を云っているのか? 彼の顔は真蒼になった。
『何の事か解らない』
『解らんとは驚いた。一切説明したじゃありませんか。例の「外部より容易に看破せられざる様巧妙なる細工を施されたし」と云ったのはこれなんでさあ』と云い、またも例の眼球を取り出して、卓上をコンコンと叩いた。堅い音がする。
『硝子の眼球だ』とプラスビイユが驚きの声を挙げた。
『分りましたか、ドーブレクも味をやりまさあね。こんな偽眼を嵌めていようとは神ならぬ身の知るよしもなしです。しかも見本の水晶の栓を血眼になって捜し廻ったり、マリーランドの中から偽物の栓を発見して夢中になって喜んだなざあ、けだし天下の喜劇でした。ドーブレクの奴、こうした偽眼の中へ御神体を祭り込むたあ、考えたも考えたものですなあ!』
『で連判状はその中にあるか?』とプラスビイユはてれ隠しに顔を撫で廻した。
『ええ、たぶんあるでしょうと思います』
『え、何ッ……あるだろう?……』
『まだあらためて見ないのです。実はこれを開く名誉を官房主事閣下のために保留したいのです』
 プラスビイユは眼球を手にして点検した。その形状は云うまでもなく、瞳孔、虹彩に至るまで、一見偽眼とは思えないほど精巧に出来ていた。裏面に一ツの栓があって、それを抜くと中は空洞、果然、その中に豆粒大の紙丸《かみだま》があった。手早く拡げて見ると、擬う方もなき二十七名が死の連判状!
『十字のマークが見えますか?』
『あるある。これこそ真物だ』とプラスビイユが叫んだ。
 彼は静かにその連判状を懐にすると平然として煙草をくゆあした。彼はニコルなど眼中に無くなったのだ。連判状は手に入った。場所は警視庁、彼の隣室、その他には数十名の警官が伏せてある。ルパンを逮捕するのは嚢中の鼠を捕えるより易い。しかも彼の手には隠し持ったピストルが握られている。ニコルが前約に従ってジルベールの特赦状を要求したが、プラスビイユはフフンと鼻であしらって返事も碌々しなかった。
『おい!ニコル君とやら。私は昨日文学士ニコル君に連判状の交換条件として、ジルベールの特赦を約束した。しかし君はニコルじゃない。フン、まあ云うだけ野暮さ。オイ。いい加減に観念しろ』とせせら笑った。しかしニコルは肩をすくめた。
『ハッハハハ、ねえ、プラスビイユ君。じゃあ俺はアルセーヌ・ルパンとあえて云おう。ところで君はこのアルセーヌ・ルパンと拮抗して戦ってみるつもりなのかい。フン。官房主事閣下、少しは自分の身も考えてみるがいいぜ。連判状を握って急に気が変ったと見えるな、君の態度はドーブレクやアルブュフェクスそっくりだ。「さあ連判状が手に入った。こうなりゃおれは万能だ。ジルベールを殺そうと、クラリスを殺そうと、俺の心のままだ。いわんやルパンの如き、それ何す
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