ドーブレクの生活は極端に開放的であった。扉《ドア》という扉《ドア》は閉じてあった事が無い。訪問客は一人もない。その生活ははなはだしく単調で機械的になっていた。彼は午後に議会へ行き、夜は倶楽部《くらぶ》へ行く。
『いやいやこう見えても必ずその裡面《りめん》に何等かの清浄ならざるものがあるに相違ない』とルパンが云った。
『何もありやしませんよ。いつまで見ていたって無駄ですわ。間誤々々《まごまご》していると私たちが縛られてしまいますよ』とビクトワールが反対する。
 [#「 」は底本では「『」]実は刑事連中が邸《やしき》の前を毎日の様にブラブラしているのを見て少なからず気に病んでいるのである。ビクトワールは刑事連中の方ですでに自分等のことを嗅ぎ出して張り込んでいるんだと独《ひと》り極《ぎ》めに思い込んでしまっていた。市場《しじょう》へ買物に出るたびに、今にも御用だと云って肩を掴まれやしないかとヒヤヒヤしていた。
 ある日、彼女は青くなって息せき切て駈け込んで来た。腕にかけている籠までガタガタふるえている。
『乳母《ばあや》は、どうしたんだい? 真蒼《まっさお》じゃないか』
『真蒼……でしょう?……ホントに吃驚《びっくり》しました……』
 ビクトワールはベタリと椅子に腰をかけて、しばらくドキ付く心臓を静めていたが、ようやく吃《ども》りながら、
『知らない男が……知らない男が突然わたしの傍《そば》へ来て……八百屋の店で……手紙を渡されたんですの……』
『ハハハハハ。それくらいのことで何も驚くことはないじゃないか……附《つ》け文《ぶみ》だな、きっと』
『いいえ……「これを首領《かしら》の所へ持って行け」と云うんでしょう。「首領《かしら》ですって」と聞き返すと「そうよ。お前の室《へや》に逗留している紳士にさ」と云うんです』
『フーム!』ルパンはブルッとした。
『ドレお見せ』と云ってその手紙を受け取った。手紙の封筒は白紙で何も書いていない。が封を切ると二重封筒になっていて、それには、
[#3字下げ]ビクトワール方 アルセーヌ・ルパン殿
 と書いてあった。
『ウム。怪しいぞ』と呟《つぶや》きつつ彼《か》れは第二の封筒の封を切った。中には一枚の紙片《かみきれ》に楷書で筆太に、
[#3字下げ]「貴下のなしつつあるすべては皆無益にしてかつ危険なり……速《すみやか》に断念せられよ」
 ビクトワ
前へ 次へ
全69ページ中25ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ルブラン モーリス の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング