なびくもののようなものを見つけた。
「あれっ」
「煙か」
「島か」
「あたった。うんと漕げっ」
 数人が、同時にさけんだ。みんな立ちあがった。「あたった」というのは、めざす島が見えたとか、島に着いたとかいう、漁夫たちのことばだ。
 見つけたのは、白い砂の、ひくい島。水面上の高さは、ほんの一メートルぐらい。
 草一本もない。周囲は、百メートルもあろうか。とても小さい島である。
 ざくり。伝馬船が白砂の浜にぶつかって、ひらり、ひらり、みんなが島に飛びあがったのは、太陽のようすでは、正午ごろであったろう。
 島にあがると、日ざかりの南の海の光線は、急に肌に熱くなった。
 まず、島についたお祝いだといって、たいせつなくだもののかんづめ一個をあけた。十六人に、かんづめ一個である。のどがかわいて、ひからびた口に、ほんの一なめだ。しかし、すこし酸味があって、どうにか、かわきは止った。みんなは、これでまんぞくした。これから何年も、無人島生活をはじめるのである。一なめのくだもののかんづめも、たいへんなごちそうだ。
 島のまわりをぐるりとまわってみた。なにしろ、小さな、はげた砂の島。草一本もない。また、なに一つ流れついていない島だ。これでは住めない。一同は、顔を出見合わせた。
「島が見える」
 さけんだ者がある。指さす方の水平線に、はるかに、いま立っている島よりも、三、四倍も大きそうな島。青々と草のはえた、海鳥の飛んでいる島が見える。といっても、白っぽい水平線に、きゅうりのうすい皮をはりつけたように見えるだけだ。
「しめたっ」
「それ、あの島だ」
 元気の出た一同は、伝馬船に飛びのり、たちまちめざす島に漕ぎよせた。
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  2


   みんな、はだかになれ

 その島にあがると、緑したたる草が、いちめんにしげっている。しかし、木は一本も生えていない。高いところは、水面から四メートルぐらい。平均の高さ、二メートルぐらいの、珊瑚礁《さんごしょう》の小島である。海鳥の群が、上陸してきたわれわれのすがたにおどろいて、ぎゃあぎゃあ、頭の上を、みだれ飛んでいる。
「いい島だなあ」
「どうだい、このやわらかい、青い草。りっぱなじゅうたんだなあ」
「ほんとだ、ぜいたくな住まいだ」
「島は、動かないや。はははは」
 みんなひさしぶりの上陸にうれしくて、かってなことをいっている。しかし、仕事は山ほどある。時間がおしい。
「総員集合」
 集まった十五人の前に、私は立った。
「この島に、住むことにきめた。ただいまから、総員作業をはじめる。
 榊原《さかきばら》運転士は、櫓《ろ》の達者な者四人をつれて、ごくろうだが、伝馬船《てんません》で、岩まで引き返して、三角|筏《いかだ》に荷物をつみ、ここへひいてきてくれ。
 井上水夫長は、うでっぷしの強い四人と、井戸ほりにかかってくれ。
 鈴木漁業長は、四人をつれて、大いそぎで、島を一めぐりして、なんでも役にたつものを見てきてくれ。それがすんだら、蒸溜水《じょうりゅうすい》の製造にかかってくれ。
 総員は、作業につくまえ、今すぐに、はだかになれ。ここでは、はだかでくらすことにする。着物は、いま着ているもののほかに、なに一つ着がえはない。何年かかるかわからない島の生活には、着物はたいせつだ。冬のことも、考えなければならない。はだかでくらせる間は、はだかでいよう。みんな、ぬいだものは、仕事にかかるまえに、ひろげて、ほしておけ。たいせつにしまっておこう」
 全員は、すぐに、服をぬいではだかになった。
「服は、もう半分かわいている」
「ああ、さっぱりした」
 手足を、さかんに動かしている者もある。はだかになって胴じめをとったら、急に、おなかがすいた感じが、ぐっとくる。そのはずだ、朝飯をたべていない。昼飯は、くだもののかんづめの、一なめであった。だが、飯の支度のしようもない。道具も、米も、水もない。だいいち、時間がおしい。一同は、すき腹のまま、いきおいよく仕事にかかった。
 伝馬船組は、櫓櫂《ろかい》をそろえて、元気よく出発した。
「行ってくるよ。所帯道具と食糧は、みんな持ってくる。井戸をたのむぞ」
 井戸ほり組は、それに答えて、
「じゃあ、たのむよ。いい井戸をほって、つめたい水を、どくどく、飲ましてやるぞ」

   命の水

 島のいちばん高いところに近く、きれいな砂地に、よいしょ、といきおいよく、最初のつるはしをうちこんだ。シャベルで、砂をすくいあげた。しかし、井戸ほりは、まったくの大仕事である。珊瑚質《さんごしつ》のかたい地面を、ごつん、ごつん、とほりさげ、シャベルで砂をすくって、ほうりあげるのだが、大男は、はだかの全身、水をあびたような汗。のどがかわいて、口のなかが、からからになって、声も出ない。水だ、水だと、水をほしがるのである。その水を出そうとして、いまほっているのだ。井戸ほりが、いちばん先に、まいってしまいそうだ。
「元気を出せ。十六人の命の水だ。今じきに、蒸溜水を飲ませるから」
 こんな場合、百千のことばではげますよりも、一さじの蒸溜水の方が、どんなにききめがあるか、よくわかっている。早く蒸潜水を、ごくごく飲ませてやりたい。しかし、蒸溜水は、そう、たやすくはできない。

 島を、大いそぎで一まわりしてきた、漁業長と小笠原《おがさわら》ら、斥候《せっこう》の報告は、
「島の面積は、四千坪(約百三十二アール)ぐらいです。北の方に、一町(約百十メートル)も砂浜つづきの、小さな出島があります。出島は、三百坪(約十アール)もありましょうか。そこには、ヘヤシール(小型のアザラシ)が、三十頭ぐらい、ごろごろしていました。おどろかさないように、そばへは行きませんでした。
 流木が、二本あります。二十年ぐらいも前に難破した船の、マストらしい、アメリカ松で、縦に、たくさん干割《ひわれ》があります。正覚坊の大きいのが四頭、これは、あおむけにしてきました。ほかに、何もありません」
「ごくろう。大いそぎで、蒸溜水つくりにかかってくれ、飲む水がないと、井戸がほれない」
 蒸溜水製造は、小笠原が受け持った。

 まず、そのへんの珊瑚のかたまりと砂で、かまどをこしらえた。
 このかまどで、海水をにたてて、塩けのない真水をとるのだが、蒸溜水製造器は、石油|缶《かん》を三つかさねたものだ。
 いちばん下の缶には海水をいれ、缶の上の方を切りひらいてある。
 中の缶はからで、そこにあながあけてある。
いちばん上の缶には、海水をいっぱい入れてある。
 これをかまどにかけて、下から火をたくと、いちばん下の石油缶の海水がにえたって、二階の空缶に水蒸気がたまる。その水蒸気は、三階の、海水いりの缶でひやされて、水になり、ぽたぽた落ちて、二階の缶にたまる。
 二階の缶は少しかたむけてあるので、たまった水は、水蒸気の通るあなから下の缶には落ちないで、ほうきのえでつくった、くだから外へ流れだす。それを、おわんで受けるのであった。

 蒸溜水は、たきぎがなければできない。伝馬船《てんません》で持ってきた木ぎれも、そんなにたくさんはない。そこで、斥候が見つけておいた、二本の太い流木をかついできて、たきぎにこしらえることにした。
 流木をわるにしても、斧《おの》がないので、ジャック・ナイフで板をけずって、何本も楔《くさび》をこしらえて、それを流木の干割《ひわり》にうちこんだ。すると、正目のよく通ったアメリカ松は、気もちよくわれた。
 こうして、たきぎができて、蒸溜水は、よいあんばいに、ぽたりぽたり、おわんに落ちるが、半分もたまるのを待っていられない。井戸ほりが待ちかねて、ほんのわずかのうちに、すってしまう。なかなか、ほかの者が飲むことはできない。
 しかし、井戸ほりは、この水で勇気がでて、ほりつづけ、探さ四メートルちかくの井戸をほった。
 ところが、出た水は、牛乳のようにまっ白で、塩からくて、とても飲めない。
「だめだ」
 だめだといっても、たきぎは、流木二本きりだ。蒸溜水をつくるには、たくさんのたきぎがいる。そのうえ、たきぎは、蒸溜水つくりばかりには、使えないのだ。飯もたかなければならず、おかずの煮焼《にや》きもしなければならない。小さな板きれでも、貴重品だ。
 この島に、何年住むかわからないのだ。なんでもかんでも、井戸をほらねばならぬ。
 飲める水が出るまでは、島中、蜂《はち》の巣のようにあなをあけても、井戸をほろう。しんけんである。十六人の、命にかかわる井戸だ。
「がんばろう」
 ひじょうな決心で、第二の井戸をほりはじめた。ぽたりぽたり、おわんに落ちる蒸溜水を、なめながら。
 こんどは、深さ二メートルあまりの井戸ができた。だが、この水も飲めない。まっ白くて、塩からい。井戸ほり組は、へとへとになってしまった。
 そこへ、三角筏《いかだ》を引っばって、伝馬船が、ぶじに帰ってきた。
「ごくろうだった。つかれているだろうが、さっそく、井戸ほり組と交代してくれ」
 伝馬船からあがった人たちは、すぐ、井戸をほりはじめた。日がくれるまでに、また、二メートルちかくの井戸がほれた。前の二つよりは、塩けの少ない水が出た。だが、いくらがまんしても飲み水ではない。

 一方、今夜ねる家は、見るまにできあがった。三角筏をほぐした、小さな木材を柱とし、大きな帆を屋根にはり、また、風よけにした。りっぱな天幕《テント》ができた。倉庫の天幕には、伝馬船と、筏から陸あげした食糧、その他の荷物をいれた。
 暗くなってから、一同は、天幕にあつまった。料理当番が、島にいた正覚坊の、潮煮と焼肉を出した。水がなくて、飯はたけないのだ。朝、昼、なにもたべずに、働きどおしの空腹には、「うまい」といっているひまもなく、平げてしまった。おわんに三分の一ぐらいずつ蒸溜水を飲んだあとは、急に眠くなってきた。
「あかりもないし、みんなつかれているから、今夜はゆっくりねて、あすの朝、いろいろ相談しょう。おやすみ」
「おやすみ」
「おやすみ」
 一同を、天幕のなかにねかした。はだかでくらすのを、島の規則としたのだ。ねるのに、ねまきを着たり、毛布にくるまるようなことはしない。砂の上に、ごろり横になったら、もう、いびきをかいているのだ。去年の暮に日本を出てから、はじめて、動かぬ大地にねるのだ。しかも、太平洋のまんなかの、けし粒のような、無人島の砂にねようと、だれが思ったであろう。
 天幕のそとの、暗やみのなかで、私は、榊原運転士、鈴木漁業長、井上水夫長の三人と、小声で、井戸の相談をした。
「この島では、よい清水《せいすい》は出まい。しかし、どうにかして、飲めるくらいの水がほしい。榊原君の意見はどうか」
 私がいうと、運転士は、しばらく考えていたが、
「井戸が深いと、よい水の出ないことは、三つの井戸で、わかりました。つまり、海面とすれすれになるから、塩水が出るのでしょう。浅い方が、いいのではありませんか」
 すると、漁業長が思いだしたように、
「私は、ずっと前に、水にこまって島にあがったとき、木の根のちかくをほったら、水が出たことがありました。草の根にちかいところに、わりあいいい水があるのではないでしょうか。井戸ほり組の水夫長、君はどう思う」
 水夫長も、なるほどという顔で、
「今日の三つの井戸は、だめで、めんぼくありません。あしたは、浅い井戸をいくつかほってみたら、いい水が出ると思います。水は、はじめ白いが、ほっておくと、きれいにすみます」
 そこで、私はいった。
「そうだ。井戸の深さと草のしげりかたは、たしかに、水と関係がある。草の根は、真水をすいあげているのだから、草の根にちかい、浅い井戸がいいのだろう。また、雨が降って、雨水が流れてあつまるようなところも、いいにちがいない。それから、ここは珊瑚礁だから、石灰分《せっかいぶん》が多くて、はじめは白い水だが、しまいにはすむのだ。水夫長は、あした、また井戸をほってくれ。こう話がきまったら安心した。さあねよう」
「おやすみ」
「おやすみ」
 はだかの十六人は、絶海《ぜ
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