たいへんだ、もうひきかえした方がいい」
と、心配そうにいう。しかしだれもあいてにしない。
多くの者は、さすがに海の勇士だ。ずぶぬれの服で、伝馬船にすしづめになって、身動きもできず、うずくまりながら、うつらうつら、いねむりをしていた。
みんな、ずぶぬれは平気だ。航海中に、船の甲板で任務についていると、大雨の時は、びしょぬれ。大しけには、たえず波をかぶって、ぬれどおし。いくら雨合羽《あまがっぱ》をきていても、だめだ。着かえていたら、きりがない。また、何枚も着がえを持っていない。任務を交代して、水夫部屋へさがってもぬれたままねるのだ。
私は、はげますようにいった。
「もっと、精を出して、交代して漕げ。手のあいている者は、今のうちにいねむりをして、休んでおけ。島につけば、うんといそがしくなるから」
交代した漕ぎ手は、小声で、
「やんさ、ほうさ、ほらええ、ようさ……」
かけ声に合わせ、調子をとって、櫓、櫂を漕いだ。このかけ声が、いねむり連中には、なつかしい子守歌のように、ここちよいのである。
へさきに立って、小手をかざして前方を見ていた運転士が、目ざとく、水平線に一ヵ所、かすかにた
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