えの用意か」
だれかがいった。すると小笠原は、
「はっはっ、つえじゃないよ。おわんだってそうだ。こんなものとみんな思うだろう。だが、つまらないと思うものが、いざとなると、ほんとに役に立つのだ。それが、世の中だ。わかい者にゃ、わからないよ。潮水の修業が、まだたりないよ」
と、いつもの調子でいってから、いねむりをはじめた。
どのくらいの時間がたったろう。時計がないので、はっきりしないが、ずいぶん長い間、漕ぎつづけた。が、島は、いっこうに見えない。ところが、じっさいは、二時間たらずの時間なのだから、そんなに遠くに来たわけではない。夜中からのさわぎで、頭がつかれているのだ。
櫓を漕ぐ者も、櫂を使う者も、のどがかわいて、いつもの元気がない。しかし、伝馬船には、一てきの飲み水もない。龍睡丸が、どかんと岸にあたると同時に、清水《せいすい》タンクは、こわれてしまったのだ。
「もう見えそうなものだ」
漁夫の一人がつぶやくと、小笠原が、
「島は、どっかにあるよ。心配するなよ」
と、はげます。
しばらくすると、帰化人の範多《はんた》が、
「島のない方へ行くのじゃないかな。とちゅうで腹がへっては
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