小笠原島生まれの、帰化人の範多《はんた》が、私にきいた。
「島に、飲み水はありますか」
私は、どきっとした。小さな珊瑚礁《さんごしょう》に、水の出るはずがない。しかし、せっかく島へあがっても、命をつなぐ水がないといったら、一同は、どんなにがっかりするであろう。
「水は出るよ」
と、私は答えた。それも、あれこれと考えたすえ、うそと知りつつ、よほどまのぬけた時分に答えたのであった。
とにかく、あと、一、二時間しんぼうすれば、夜が明ける。それまで船体は、波にたえしのげるだろう、と見こみをつけた。
大波が、ずどうん、とおそって来るたびに、船体は、びりびりと、ふるえるようになった。甲板にはってある板のつぎ目がはなれて、一枚一枚の板が、うねりまがって、歩くのが困難となった。帆柱は、ぐらぐら動きだした。いつ倒れるかもしれない。
「マストに用心しろ」
運転士が、みんなに注意した。
伝馬船《てんません》も人も波に
神様に願ったかいがあったか、やっと、夜がしらしらと明けかけてきた、暁の光で見ると、はたして暗礁《あんしょう》である。岩が遠くまでちらばり、怒濤《どとう》がしぶきをあげ
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