る、小さな鎖と索《つな》とをといて、太い錨索《びょうさく》をつけて、海に投げこもうとするのだ。作業には、ちょっとのゆだんもできない。予備錨が、船のはげしい動きにつれて、ずるっ、と動いたら、足を折ったり、手を折ったりするけが人がでるだろう。
 老練な水夫長。どんな危険がさしせまっても、びくともしない運転士。腕におばえのある水夫が四人。ランプの光に、まったく必死の顔色で、予備錨の用意をしている。ほかの者は、太い錨索をひきだしている。
 ごうっ、ごうっ、と、岩にうちあたる波の音は、いよいよ強くひびいてくる。
「あっ。まっ白にくだける波が見える」
「岩が近いぞ」
 もうだめか――、船は、長くたれた錨鎖を海底に引きずっているので、船首を、おしよせる波の方へ向け、うしろむきに流されている。
 大きな波が、船首を、ふわっ、ともちあげた。それが、船尾の方へ通りすぎ、船尾が、ぐっともちあがって、船首が前のめりにかたむいたときであった。
 ばり、ばり、どしいん。
 すごい大音響が船底におこり、甲板上の人たちは、あっと、倒れそうになった。
「やられたっ」
 岩が、船底をつきぬいたのだ。甲板は、ひどい勢いでも
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