、そして、だんだんやっているうちに、白い大きな結晶《けっしょう》した塩ができるようになった。
 その後、たきぎの関係から、塩の製造所は、宝島にうつされた。

   天幕《テント》を草ぶき小屋に

 ある日、漁業長がいい出した。
「網を作ったので、帆布《ほぬの》を、かなりたくさん使ってしまった。これからも、網を作る材料は、帆布よりほかにない。それに帆布は、大病人や、けが人のできたとき、つり床にも必要だ。冬になれば、見張当番のがいとうになる。そのほか、いくらでも役にたつ貴重品だ。その帆布を、天幕にはっておくのはおしい。このまま天幕にはっておけば、一年もたてばあながあくだろう。二年もすれば、ぼろぼろになってしまう。さいわい、宝島の流木の中には、木材や、長い板、船室の出入口の扉などがある。また、本部島と宝島の両方の島には、草がたくさん生えている。天幕をやめて、草ぶきの小屋にしては、どうだろう――」
 一同は、これはいい思いつきだ、と、大さんせいであった。十六人の多くは、漁村、農村の草ぶき屋根の家で生まれ、そだった人たちだ、なつかしい草ぶきだ。宝島で木材をよりあつめ、葉の長い草をかって、本部島と
前へ 次へ
全212ページ中138ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
須川 邦彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング