る、小さな鎖と索《つな》とをといて、太い錨索《びょうさく》をつけて、海に投げこもうとするのだ。作業には、ちょっとのゆだんもできない。予備錨が、船のはげしい動きにつれて、ずるっ、と動いたら、足を折ったり、手を折ったりするけが人がでるだろう。
老練な水夫長。どんな危険がさしせまっても、びくともしない運転士。腕におばえのある水夫が四人。ランプの光に、まったく必死の顔色で、予備錨の用意をしている。ほかの者は、太い錨索をひきだしている。
ごうっ、ごうっ、と、岩にうちあたる波の音は、いよいよ強くひびいてくる。
「あっ。まっ白にくだける波が見える」
「岩が近いぞ」
もうだめか――、船は、長くたれた錨鎖を海底に引きずっているので、船首を、おしよせる波の方へ向け、うしろむきに流されている。
大きな波が、船首を、ふわっ、ともちあげた。それが、船尾の方へ通りすぎ、船尾が、ぐっともちあがって、船首が前のめりにかたむいたときであった。
ばり、ばり、どしいん。
すごい大音響が船底におこり、甲板上の人たちは、あっと、倒れそうになった。
「やられたっ」
岩が、船底をつきぬいたのだ。甲板は、ひどい勢いでもちあがって、ポンプやタンクにかよっているパイプは、船底を岩がぶちやぶってもちあげたために、甲板から、飛び出してしまった。それと同時に、動かなくなった船に、大波の最初の体あたり。
どうん、ざぶりっ。
海水の大山が、甲板にくずれ落ち、うちあたる大力にまかせて、手あたりしだいに、なにかをうちこわして、滝のように甲板からあふれだす。そして、こわしたものを、残らずさらって行く。らんぼうな大波は、のべつにうちこんでくる。
予備錨の用意も、もうだめだ。ついに、パール・エンド・ハーミーズの暗礁の一つにうちあげられて、船の運命はきまったのだ。それは、夜明けもまだ遠い、午前二時ごろであった。
待ち遠しい夜明け
われらの龍睡丸《りゅうすいまる》は、暗礁《あんしょう》にうちあげられてしまった。しかし、岩が船底にくいこみ、船首が波の方に向いているので、すぐに船体がくだけて沈没するようなことはあるまい。もともと船は、船首で波をおしわけて進むので、船首は、波切りをよく、とくに丈夫につくられてあるものだ。
それでまず、夜の明けるまでは、持ちこたえられる見こみがあった。これがもし、船が横から波におそわれる向きになっていたら、すぐにも、くだけてしまったであろう。
私は、まっくらやみの甲板に、乗組員一同を集めて申しわたした。
「こんな場合の覚悟は、日ごろから、じゅうぶんにできているはずだ。この真のやみに、岩にくだけてくるう大波の中を、およいで上陸するのは、むだに命をすてることだ。夜が明けたら上陸する。あと三時間ほどのしんぼうだ。この間に、これからさき、五年、十年の無人島生活に必要だとおもう品々を、めいめいで、なんでも集めておけ」
波を、頭からかぶりながら、甲板にがんばって、これだけのことをいった。そして、大声で号令した。
「漁夫四人は、漁船をまもれ。しっかりしばれ。波に取られてはだめだぞ」
「水夫四人は、伝馬船《てんません》をまもれ。命とたのむは、伝馬船だ。水夫長は、伝馬船をまもってくれ」
「漁業長。安全に上陸ができても、この波のぐあいでは、とても、食糧品をじゅうぶんには運べまい。漁具がたいせつだ。できるだけ多く集めて、持ってあがる用意をしろ」
「榊原運転士。君は、井戸をほる道具を、第一にそろえてくれ、シャベル、つるはし、この二つは、ぜひとも必要だ。マッチ、双眼鏡、のこぎり、斧《おの》も、ぬからずに」
「練習生と会員は、島にあがって、何年か無人島生活をして、ただぶじに帰っただけでは、日本国に対して、めんもくがあるまい。かねておまえたちが望んでいた勉強を、みっちりしなくてはならない。できるだけの書籍を集めて、はこびだすようにしろ。船長室にあるのは、みんな持って行け。六分儀も、経線儀も。いいか、すぐにかかれ」
船が、どしいん、と岩に乗りあげると同時に、船内の灯火は、全部消えた、岩にぶつかり方がはげしかったので、室内の本棚や棚から、書籍がとび出し、いろいろの器物もころがり落ちて、船室のゆかや甲板に、ごちゃごちゃになっていた。
ランプは、いくらつけても、すぐ消えてしまう。風はないが、波のしぶきが、たえずかかるからである。みんなは、まっくらやみの中を、海水を頭からあびながら、手さぐりで、物を集めるのであった。
波にうたれて、船体は、めき、めき、ぎいい、ぎいい、とへんな音がしてきた。大波が、どしいんとぶつかるたびに、きっと、どこかをこわし、何かをさらって行った。
さらわれないように、しっかりしばりつけた漁船は、たった一つの大波が、ざぶうん、とおそいかかると、粉みじ
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