、動けなくなった船を、いじめるように、波の大きなうねりをだんだん大きくして、船をゆり動かす。
当直を終って、一休みと、ねようとする人たちも、眠られないくらいに、船はゆれた。私は、たえず甲板に出ては、風がふいてはこないかと、空をながめた。
こうして、いやな夜は明けて、十九日の朝になったが、きのうの夜、風がやんでから天候がかわって雲がいちめんに空をおおって、太陽を見せない。
ちょっとでも太陽が見えたら、太陽をはかって船の位置を知ろうと、六分儀を用意して、私も運転士も、空ばかり眺めていた。じぶんの船が、どこにいるのかわからないくらい、いやな気もちのことはない。
それで、見はりを厳重にさせて、帆柱には、二人の見はり番をのぼらせた。二時間交代で、朝から晩まで、たえず四方を見はらせた。
もしや、水平線に島が見えないであろうか。海の色がかわっているところはないか。海鳥がむれ飛んでいるところはなかろうか。そういうものが見えたら、すぐ知らせるように、帆柱の上でも、甲板の上でも、船をぐるりと取りまく水平線を、みんなはするどく見まわすのであった。しかし、なんにも見えなかった。
このあたり熱帯の海では、天気のいいとき、帆柱の上から海面を見わたすと、水の色の変化によって、暗礁や浅いところを発見することができる。いちばんいいのは、太陽が水平線から高くて、そのうえ、光線をうしろの方から受けるときで、こんなときは、少しぐらい波があっても、暗礁や浅瀬の見わけがつく。
海の色は、おおよそのところ、一メートルぐらいのごく浅いところが、うすい褐色。十尋、十五尋(十八メートル―二十七メートル)ぐらいまでは、青みの多い緑色。深さをますにつれて青みがとれて、二十尋(三十六メートル)以上の深さは緑色。それ以上深くなると、こい緑色となり、三十尋(五十五メートル)以上では、藍色《あいいろ》。それからは黒っぽい色がましてくる。
また、海面にすれすれの暗礁は、波がぶつかって、白波がたっているので、発見することもある。
鳥がむれ飛んでいる下に、島があるのは、いうまでもない。もっとも、鳥は、魚のむれの上にも飛んでいるけれども、それは飛びかたでわかる。海鳥が、まるく、ぐるぐる飛んでいるときは、きっとその下に、魚群がいるのだ。
ともかく、海の浅いところへきたら、錨を入れることにして、錨の用意をして、深いと知りながらも、ときどき、海の深さをはかったが、測深線は海底にとどかない。潮の流れは速い。どうなることかとみんな心配していた。
ぶきみな、不愉快な十九日は、こうしてくれてしまった。
暗礁《あんしょう》をめがけて
夜空には、星ひとつ見えない。ひるま、黒ずんだ藍色の海が、もりあがり、またへこんで、船を動揺させたうねりは、まっ黒い夜の海に、いっそう大きく、上下に動いて、どこへ船をおし流して行くのであろうか。
大自然の、目に見えない縄でしばられたように、船と乗組員は、どうすることもできず、潮流の勝手にされている。うねりは、人間のよわさをあざ笑うように、船をゆすぶっている。こういうときの船長の苦心は、経験しない人には、いくら説明してもわかるまい。
船内に、時を知らせる夜半の時鐘が、八つ、かかん、かかん、とうち鳴らされた。この八点鐘が鳴りおわって、二十日の零時となった。
それから、一時間ぐらいたったときであった。私は、自分の部屋を出て、船尾の甲板で運転士と話していた。
「どうもこまったね。風はふきだしそうもない。ともかくも、つづけて深さをはからせてくれたまえ」
といっていると、すぐそばで、深さをはかっていた水夫が、
「百二十尋の測深線が、とどきました」
と、おどろいたような声で、報告した。
これを聞いたとたんに、私は、
「総員配置につけっ」
と、どなって、やすんでいる者を、みんな起させて、非常警戒をさせた。
海の深さを、すぐつづいてはからせると、
「六十尋」(百九メートル)との報告があった。
百二十尋が、たちまち六十尋と、浅くなっているのだ。これは、船が、パール・エンド・ハーミーズ礁《しょう》にちかづいている証拠だ。パール・エンド・ハーミーズの珊瑚礁《さんごしょう》は、きりたった岩で、深い海のそこから、屏風《びょうぶ》のように岩がつき立って、海面には、その頭を、ほんの少し出しているのだから、岩から半カイリぐらいのところでも、六十尋の深さはあるのだ。
船が、パール・エンド・ハーミーズの暗礁におし流されて行くことは、もうのがれられないことになった。もっと浅いところへ行ったら、海の底が、砂でもどろでも岩でもかまわない、錨《いかり》を入れなければならない。私は、
「投錨《とうびょう》用意」
の号令をかけた。つづいて、
「四十尋」
「三十尋」
と、深さをは
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