のいちばんしまいの島、水の出る、ミッドウェー島に龍睡丸が向かったのは、五月十七日であった。
 このとき、龍睡丸につんでいたえものは、ふか千尾、正覚坊三百二十頭、タイマイ二百頭と、たくさんの海鳥であった。

 海鳥のなかでも、アホウドリは、いちばん大きな鳥である。肉は食用になるが、おいしいものではない。卵も食用になる。大きな尾羽は、西洋婦人帽のかざりになり、胸のやわらかい羽は、婦人コートの裏につけるのによい。そのほかの羽は、枕《まくら》やふとんにいれる材料として、輸出されるのである。
 アホウドリが、海から飛びたつときは、風さえあれば、風に向かって、大きなつばさを左右にはっただけで、なんのぞうさもなく、ふわりと空中にうかびあがる。しかし、風のないときは、ほかの海鳥とおなじように、羽ばたきをつづけたり、足で水をかいて、水面を走るようなかっこうをして、飛びたつのである。
 アホウドリは、陸上で、歩いたり、走ったりすることは、たいへんへたで、人が正面から向かって行くと、ただつばさをひろげただけで、どうすることもできない。その名のとおりの「アホウ」で、たちまち人にとらえられてしまう。それで、無人島にむらがっているこの鳥の大群も、上陸した船の人の太いぼうで、じきにうちとられてしまうのだ。
 ともかくも、龍睡丸は大漁である。もうこれで、目的とする島々の調査もすんだ。成績は優だ。ミッドウェー島で飲料水をつみこんだら、それから先は、まっすぐに大洋を走って、日本へ帰るのだ。
 龍睡丸のみんなは、勇みたってきた。

   パール・エンド・ハーミーズ礁《しょう》

 リシャンスキー島をあとに、ミッドウェー島に向けて出発したあくる日、すなわち、十八日の正午に、船の位置をはかってみると、予定の航路より、二十カイリも北の方に流されていることがわかった。このへんの潮は、北へ北へと流れている。その潮流が、思ったよりも強く、船がこんなに流されたのだ。
 ミッドウェー島に行くのには、パール・エンド・ハーミーズ礁という、いくつかの、小島と暗礁《あんしょう》のむれの、南の方を航海しなければならない。この暗礁にぶつかったら、たいへんなので、船がもっと北の方に流されても、パール・エンド・ハーミーズ礁の、いちばん南の方へ出っぱっている暗礁を十カイリはなれて通ることになるように、船の針路をきめた。
 龍睡丸《りゅうすいまる》は、ホノルルを出帆してから、ずっとふきつづいている北東貿易風を総帆にうけて、ここちよく帆走して行った。

 パール・エンド・ハーミーズ礁というのは、南北九カイリ半、東西十六カイリの、広い海面に散らばっている、いくつかのひくい珊瑚礁《さんごしょう》の小島と、暗礁の一群である。そして、この珊瑚礁には、昔から、たくさんの遭難談がつたわっている。そのなかの一つは――
 西暦一八二二年四月二十六日の晩に、英国の捕鯨帆船、パール号とハーミーズ号の二|隻《せき》が、おたがいに十カイリをへだてた小島に乗りあげて、船をこわしてしまった。その後、この二隻の難破船の乗組員たちは、一つ島に集まって、無人島生活をやった。そして、乗りあげてこわれた二隻の船の木材や板、釘《くぎ》をあつめて、みんなで力をあわせて、約三十トンの船をつくり、それに乗って、やっとハワイ島に着くことができた。その時から、この二隻の船の名、パール号、ハーミーズ号を、この一群の珊瑚礁の名として、パール・エンド・ハーミーズ礁というようになったのだ。
 この二隻の捕鯨船が、木船であったから、こわれた船の木材で、小船をつくることができたが、もし鉄の船であったら、船をつくって、ハワイに行くことはできなかったろう。それに、昔の帆船の乗組員は、みんなきような人たちであって、たいがいの人は、大工の仕事ができたのである。

 その、パール・エンド・ハーミーズ礁を、ぶじに通りすぎようと、龍睡丸は、よい風に帆をいっぱいにふくらませて、ミッドウェー島へと進んでいた。
 やがて日がくれて、十八日の午後十時になった。そうすると、今までふいていた北東風が、急にばったり凪《な》いで、風がまったくなくなってしまった。
 風で走る帆船が、無風となっては、どうすることもできない。こういう時は、錨を《いかり》入れて碇泊《ていはく》すれば、いちばん安全である。
 それで、錨を入れようと思って、海の深さをはからせると、とても深い。百二十|尋《ひろ》(二百十九メートル)の深さまではかれる測深線《そくしんせん》が、海のそこへとどかない。つまり、海はたいへん深くて、百二十尋以上もあるのだ。
 しかたなく、船を流しておくことにした。船は潮のまにまに、ぐんぐん流れて行く。
 そのうちに、波のうねりが高くなってきた。船は、ぐらんぐらんとゆれはじめた。まっくらやみの海は
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