っとあとで、おもしろい思い出になるだろう。みんなはりきって、おおいにやろう。かねていっているとおり、いつでも、先の希望を見つめているように。日本の海員には、絶望ということは、ないのだ。
筏は、ここにつないでおき、荷物は、岩の上において、これから伝馬船で、島をさがしに行くから、島を見つけだし、いどころがきまってから、筏を取りにひき返そう。
伝馬船には、井戸掘道具、石油の空缶五、六個、マッチ、かんづめ一箱、風がふきだしたら、帆にする帆布と、帆柱にする丸太、たきぎにする板きれを積め、用意ができたら、すぐ出発」
私の訓示とげきれいに、一同はこころよくうなずいて、出発の用意にかかった。
用意はすぐにできた。
「伝馬船、用意よろし」
運転士は、大声で報告した。
「出発」
私の一令で、十六人の乗りこんだ伝馬船は、岩をはなれた。
龍睡丸《りゅうすいまる》よ、さらば
風のない朝の大海原を、たくみに暗礁《あんしょう》のあいだをくぐりぬけ、うねりの山を、あがったりおりたりして、北をさして、こぎすすんだ。
うねりの山のいただきに、伝馬船《てんません》がもちあげられる時には、難破している龍睡丸が見える。龍睡丸は、わかれをおしむのであろうか、帆柱が、ぐらぐらゆれている。かわいそうに、こうしてはなれたところから見ると、大波にうちたたかれて、たえず、白い波が船体をつつんでいる。あんな大けがをしても、くだけるまで、勇ましく波と戦っているのだ。なつかしい龍睡丸。
「ながい間、生死をともにして、波風をしのいできた龍睡丸。おまえを見すてて行くのも、十六人はお国のために、生きなければならないからだ。不人情な人たちと思うかもしれないが、われわれの心も察してくれ。おまえだって、りっぱなさいごだ。犬死ではない。さらば、わかれよう――これが見おさめか、さらば――」
心のなかで手を合わせたのは、船長の私ばかりではあるまい。だれの目にも、なみだがあった。
「いい船だったなあ――」
「ああ、粉みじんか、かわいそうに」
「泣くなよ」
「おまえだって、泣いてるくせに……」
ふりかえり、ふりかえり、北をさして、伝馬船は漕《こ》ぎすすんだ。
伝馬船は満員で、櫓《ろ》と櫂《かい》が、やっと漕げた。小笠原《おがさわら》老人は、岩に流れついたおわんと、ほうきのえの竹を、だいじに持っていた。
「老人、つ
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