とはひとまとめにしておいて、飲料水といっしょに、いざというとき、伝馬船につみこむ用意がしてあったのだ。あの船に近くなったら、ひさしぶりで服装をととのえて、どうどうと乗りこもう。
 ふりかえって見ると、島には、黒煙がいきおいよく立ちのぼっている。沖の船では、遭難者がすくいをたのむ信号と見ているにちがいない。一こくもはやく漕ぎつけよう。

 さて、島では、見はりやぐらにむらがりのぼって、沖の帆船と、だんだん小さくなって行くわれらの伝馬船をみんなだまって見まもっていた。昼飯をたべることなど、すっかりわすれている。
 あの剛気な川口が、せいいっぱいの雷声で、「あっ」と一声は出たが、あまりのうれしさに、それっきりのことばが出なかったのだ。あの場合、だれだってそうだろう。「あっ」というのは、「船だ」「帆だ」という意味なのだ。
 島にのこって沖を見つめている十一人は、説明のしようもない、ただ胸いっぱいの気もちで、だれもだまっている。目にはなみだがいっぱいだ。わかい者は、一時はこうふんもした。だが、じきにおちついた。老年組は、さすがに、岩のようにどっしりとしていた。せんぱいたちは、どんなときでも、りっぱなお手本を青年たちに見せているのだ。ここが、日本船員のえらいところだ。

 風が、ぴゅうぴゅうふきだしてきた。波のしぶきが、海面に白く立ちはじめた。その中を、伝馬船はあれ馬のように進んでいった。漕ぎ手は、いまこそ、たのむはこの二本の鉄のうでと、めざす帆船にへさきを向けて進むのである。けれども、漕いでも、漕いでも、帆船は近くならない。はじめは近く見えたが、四時間も漕いだのに、いっこう近くならない。
 島を漕ぎ出したのは、正午ごろであった。午後四時すぎやっと帆船が近くなった。
 私は遭難いらい、五ヵ月ぶりでズボンをはき、上着をきて、船長帽をかぶった。水夫長も三人の漕ぎ手も、交代で漕ぐ手を休める間に、服をきた。これは、われら日本船員のみだしなみだ。だが、はだしはしかたがない、難破船員だから。
 そのとき、私の双眼鏡のレンズにうつったものがある。
「おや。ゆめではないか」
 また見なおした。たしかにそうだ。
「おい。日の丸の旗だっ。よろこべ、日本の船だ」
「えっ。日本の船。しめたっ」
 水夫長も、水夫も、つけたばかりの上着をかなぐりすてて、猛烈に漕いだ。
 みるみる帆船は、すいよせられるよう
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