きます」
 といって、三人が二、三歩あるきだした。その時だ。見はりやぐらの頂上で、
「あっ」
 という、とほうもない大きなさけびが、ただ一声。大声の持主、川口が、せいいっぱいの雷声を出したのだ。とつぜんのことで、みんな、びっくりした。ただごとではない。
「なんだ」
「どうした」
 十五人が、いっせいに見あげるやぐらの頂上では、川口が、もう一声も出せず、うでをつき出して、めちゃめちゃに足場板をふみならしているではないか。それを一目見て、
「気がちがったっ」
 ぎょっとしたみんなは、その場に、立ちすくんでしまった。

   船だ

 川口が、気がちがったようにつき出したうでにみちびかれて、沖に目をうつすと、はるか水平線のあなたに、とても小さいが、くっきりと、スクーナー型帆船《がたはんせん》の帆が見えるではないか。
「あっ」
 こんどは地上の十何人が、だれもかも、手にしたものをほうり出して、とびあがった。
「たいへんだっ、船だっ」
「それっ。信号だっ、火だっ」
「伝馬《てんま》っ」
 総員は、右に左に、それこそとびちがうように走って、非常配置の部署についた。それが、またたくまに、みごとにてきぱきと、日ごろの訓練どおりに、手順よく進行した。
 三ヵ所から、みるみる黒煙がふきあがりはじめた。
 私は、双眼鏡を首にかけながらなぎさに走って、伝馬船にとび乗ると、伝馬船当番の三人の水夫は、もう、櫓《ろ》と櫂《かい》とをにぎっている。飲料水入りの石油|缶《かん》をかついで、水夫長が乗りこむ。と私と水夫長と当番三人の、帽子と服とをひとまとめにしたつつみが、伝馬船に投げこまれる。数人が、伝馬船をなぎさからつき出す。
 すると、櫓も櫂もぐっとしわって、伝馬船は、ぐんぐん沖にむかって進んでいた。これがみんなほとんど同時に活動しだしたのだ。まるで、電気ボタンをおすと、大きな機械が一時に動き出すのとおなじように――
「ばんざあいっ」
 島に残った十一人が、のどもさけろとさけぶのも、はやうしろに、
「えんさ、ほうさっ」
 櫓と二つの櫂をしわらせて、うでっぷしのつづくかぎり、沖合はるかの帆船めがけて、ただ漕《こ》ぎに漕いだ。
 その帆船は、どこの国の船かわからない。はだかで漕ぎつけては、日本の名誉にかかわる。それで、まえから、こういう場合のことを考えて、船長と水夫長、それに伝馬船当番三人の、帽子と服
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