て手の平で吟味する――さうした大人のしぐさを感心して見てゐる私の足許に、ふと「こゝこゝこ、こゝこゝ。」といふ元氣のいゝ鷄の聲がする。奴さん達もう落米を見付けてそれをひろひにやつて來たのだ。
 あゝ、今でもその薄暗い倉の中に動いてゐる母の手拭を冠つた姿と、あのまつ白な雌鷄のちよつぴり傾いた鷄冠とが見えるやうな氣がする。そしてその二つのものが、何といふ女性らしい――否、いふ事が出來れば母性らしさを、共通に私の記臆にとゞめてゐる事であらう。
 私の家で鷄を飼つてゐたのは、後にも先にもその頃が初めてゞあつた。何でもそれは、總ての生物が好きだつた私が、犬を飼つてくれ犬を飼つてくれとせがんだのがはじまりだつたと思ふ。父が實利的な頭から割り出して、犬は大飼を喰ふばかりで何の役にも立たない、猫はそれでも鼠を捕るといふ仕事があるが、犬ばかりは人間に直接な役目をしないといふのがその持論なのであつた。ところで、猫は私達姉妹が大好きなのだけれど、幾ら飼つてもどうしても私の家には育たないのであつた。病氣になつて死ぬか、でなければ車に轢かれる、或はゐなくなつてしまふといふ風に、どうしても大きくならないうちにみんな
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