で、これを旦那樣の所に持つて行くやうにと手渡します。
『あの、おうちの旦那樣のところへでございますか?』と、ふくやは不思議さうに私の顏と手紙とを見くらべる。
『あゝ、さうよ。』
やがてふくやは書齋の方にその足音をたてる、戸が開けられる、併しあなたはまだ振り向かない。
『奧樣から……』といつて、ふくやは一封のかはいらしい手紙を、あなたの机の端の方に置く。その時あなたは初めて目を書物の上から離します、さうして微笑が徐にあなたのしづかな顏にのぼつて來る……
かうした順序を想像しながら、私は樂しさに滿ちて、一しほ針のはこびをいそしみながら待つてゐます。五分、十分……耳をすましても、併しあなたはまだ返事を託すために、私が豫期した如く、ふくやを呼ばうともなさらない。一時して、私はまたふくやを手許に呼んで見ます。[#「呼んで見ます。」は底本では「呼んで見ます、」]
『今の手紙を旦那樣にあげたのかい?』
『はい、お手渡して來ました。』
何をくだらないといつたやうな顏をふくやはしてゐます。
それから私はたうとう立ち上つて、そつとあなたの書齋を覘きにまゐります。さうしてすうと障子を開けた時に、極め
前へ
次へ
全51ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
水野 仙子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング