の肌が氣持わるく汗ばんでゐるとは思へないやうでしたもの。暑さ、寒さ、痛さ、痒さにこらへ性のない私は、一面にあなたのさうした枯れたやうな所を好いた癖に、またよくその穩さに意地を燒きました。そして一寸お芝居めいた事のすきな私の計畫は、いつもあなたの興味のない顏色で、忽に崩されてしまふのが常でした。
 たとへば、私は急にあなたに手紙が書いて見たくなつて、(かうして長い間別れてゐる今にして思へば、あゝそんな時もあつたのだつけと思はれますね。)早速その計畫に取りかゝります、といつて書かなければならぬ程の内容を私は別に持つてゐるわけでもないのです。
『今日はほんとによく晴れたお天氣ですこと、あの厭なぎいぎいいふ井戸車の音も、何となく今日はのどかに聞えるではありませんか。あゝ私達の家は今靜に平和です。あなたはこの半日を書齋でおすきな讀書に費し、私は茶の間でお裁縫をしてゐます、ほんとにほんとに落ち着いた靜ないい氣持よ。それではさよなら。』
 私は筆を擱く、それから一寸考へて、『御返事を下さい。』と小さくをはりの方に書き添へる。それを封筒に入れて、すつかり表書をして、女中部屋で居睡をしてゐるふくやを呼ん
前へ 次へ
全51ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
水野 仙子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング