しませんでした。殊にそれは我儘な私の場合に於てさうでした。
『なんて我儘な女だらう!』
『えゝ、私は我儘よ。』
 それがいけないのですかと言はぬばかりに、私はあなたの情なささうな顏を意地惡く見つめる。
『またヒステリーがはじまつたね。』と、仰しやれば、
『えゝ、私はヒステリーよ。』と、すまし込んで、しかも寧ろ得意さうな顏付をする。
 あなたは默つてしまふ。
 かういふ調子は不斷の有樣でした、しかも私はそれで幸福でしたらうか、いゝえ、決して! さういふ時、私はあなたがいつも諦めたやうな顏をなさるのが殊に大きらひでした。そして默つて机に向つて、こつこつと例の飜譯ものにかゝつてしまふあなたの後姿を、どんなにうらめしく憎らしく眺めやつたことでしたらう。

        四

 一口にいへば、あなたは熱のない人でした。いつも同じやうにたひらかであるかはり、感情が堰かれて迸るといふやうな事もあまりなく、靜に默つて、いつまででも同じ所に坐つてゐられるやうな人でした。私ははじめ、あなたつて人は決して汗をかゝない人のやうに思つてゐました。どんな眞夏でも、あなたの落ち着いた顏を見てゐると、どうしたつてそ
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