て何事もなかつたやうに、泰然と片手を火鉢の上にかざし、片手を膝の上に置いて机に向つてゐるあなたの姿が、一瞬の間に私の空想を吹き拂つてしまひます。さうして隱れん坊をして、たつた一人置いてきぼりにされたやうな、寂しい遣瀬ない心をもつて、もはや自分自身にも紙屑のやうに見えるその手紙の上に、冷い私の瞳をそゝいで立ち盡すのでした。
五
けれども、そんな事は私達の初期の間でした。私はだんだん私の「あそび」をあなたの上には試みなくなつて來ました。あなたのいつも生眞面目でありたい要求――といふよりは、さうあらなければならぬあなたの生れつきをそつとして置くやうになつて來ました。あなたの心を私の心と共に躍らせようとするのは、鎌倉の大佛さんを搖り動さうとするのに同じだと、私はひそかに思ひました。それでも時々は我を忘れて、『早く、鬼が來たから逃げなさいよ!』と、大佛さんの肩を叩くやうな事をよくやりましたけれど。
私達は大抵離ればなれな心で過しました。あなたとしてはまた私のしんみりしない心持を、常に寂しく思つて居られるのを私は知つてゐました。けれども、あなたが敢て私の性質に近寄らうとしな
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