おれに貸してくれたのだ[#「貸してくれたのだ」は底本では「貸してくのだ」]……併しA君に手紙を書きながら、僕は却つてさびしく悲しかつた。多少はあつた筈の憎の心はもう消えてなくなつてゐた……あなたの分までも私はこれから彼女を愛して行きませう、さう書かうかしらと[#「書かうかしらと」は底本では「書かうからしらと」]思つた……』
私はもはやあなたの言葉を遮らなければなりませんでした。そしてそのために默つて手をのばし、あなたの手を執つて握り、涙に見えわかぬ眸をそゝいであなたを見上げました。
『……すべては濟んだ!…………』
かうしづかに呟いた時に、私の眼からは更に冷たい涙がはらはらと枕に落ち散りました。
病氣の洗禮をうけ、そしてそれ以來あなたの愛のあたゝかさに浴してゐる私は、病後の身を靜な田舍に養ひながら、今大變おだやかにそして幸福です。私はもう昔のやうな慾張ではありません、私は子供になり、そしてまた大人にもなりました。寂しいことは依然として寂しいけれど、今はもう決してその寂しさを悔まず、却つてその寂しさを愛してゐます。寂しいといふ事は清潔なものです。私は今でも時々Aのことを考へる事があ
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