おすませになつて下さい!」
 私はさう遂に心に念じた。
 午後、彼は來た。私はその足音を聞いた時に、何となく胸が躍つた。けれどもふくやが取り次いだ時にはもう平靜にかへつてゐた。
「端書いつ着いて?」
「今朝。僕着くとすぐに出たんだけれど、一寸音羽に(彼の少女の所)寄つたもんだから……今日行くつて約束してたもんだから……」
「さう、ぢやあよかつたんですのに……」
 私はさうした約束のあつた彼を呼んだ事に就て、今更に羞恥を感じながら彼を見上げた。
「うゝん、もういゝの。」
 彼は別に心のこりなやうすもしてゐなかつた。そして枕許に坐つて、
「どう? 工合は。」と、いつものやうにじつと私の目に見入つた。
 その眼は、戀人とゆつくり逢へなかつた事に就いて、決して私に不平を言つてはゐなかつた。私はそれが嬉しいやうな氣がした、同時にまた怖いやうな氣もした。彼はまた別に、
「何か用事だつたの?」と、私に尋ねやうともしなかつた。それでは、彼もまた私と同じやうな氣持でゐるのだらうか、もしかしたらやつぱり彼も何かを私達のうちに感じてゐるのかも知れない。
 何だか氣味がわるい!
「早く入院したいと思ふんだけれ
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