はひどく嬉しかつたからなんでせう。[#「からなんでせう。」は底本では「かなんでせう。ら」]
 その私の先生《レエラア》の話が出る時には、あの人はまた私の同情者となり兄となつて、その觀察點から私に同意を與へてくれました。Aはまた私を通じて間接にあなたを愛し、また信頼の心をも持つてゐました。私はそれによつて慰められ、勵まされ、さうして彼との談笑の中に、何となく心が足りるのを覺えたのでした。
 中でも一番私の心を惹いたのは、あの人の物事に對する燒くやうな追求力で、それは彼の藝術に於て、はたまたその戀愛に於て、常に烈しく燃えてゐるその性情でした。それはあなたの深山の水のやうな靜さに比較する時、私の心にはあまりに強烈に反映しましたけれど、またそこに知らず識らず私を引いて行くあるものが潜んでゐました。殊にあの人が自分の藝術と良心について熱心に語る時、私も共に心を躍し、人世に對する邁進の力に滿ちて己の生活を振り返つて見るのでした。
 けれども、私は決してあなたを忘れてしまつたわけではなかつた。それはいかなる場合にも、あなたの片影をも殘さず私の心から、また肉體から削り取つてしまふ事はできなかつたのです
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