なさを、異なる場合にあなたもまた私同樣に感じられてゐらつしやるのでした。私が逐ふ時にそれは無く、あなたが求める時にそれはもう逃げてゐる。
『なぜ二人は同じ時、同じやうにぴつたり、面を向き合せることができないのだらう?』
 私は惱しく唇を噛みます。
『沼尾君はあなたを愛してゐますか?』
 突然Aは彈丸のやうな質問を私に向ける。私は急所を突かれ、そのをのゝきを隱すために目を伏せながらも、間違なく侮辱を感じ、全く機嫌を惡くして、
『えゝ、愛してゐます!』と答へるのだけれど、意地わるく言葉は縺れて、『えゝ、愛してゐるだらうと思ひますわ!』と言つてしまふ。
 けれども、それは言葉が間違つただけのことで、言葉が私の心を裏切つたわけではないのでした。私はぱつと立ち上つて言ひます。
『Aさん、あなたこの頃どんな繪を描いてらつしやるの?』

        八

 ある時、通り魔が私達の道を横ぎつて行つたのです。それは結婚後二年目の年で、それから間もなくあなたはたうとう患ひついてしまつたのでした。私は再びあのどしんと頭を打たれたやうな當時の寒い心を思ひ出したくありません。刺戟や苦惱やになれて來た今にして
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