厭ひ、何をどこに求めていゝかわからぬやうな心をもつて、寂しく無言にあなたの首を抱くのでした。
 日向を求めてあらぬ方に向いては咲いても、根を張つた土のしめりを、向日葵とても決して忘れることはできないでせう――やつぱり私も、あなたを餘所にして全き自分があり得ようとも思へないのを、今更にしみじみと考へ耽つてゐます。
 あ、今うしろの山に郭公が啼いてゐる……

        七

 八月末の某日朝。枕に響く谿流の音は、今朝もまた、せめてもに暖く穩な眠から、温泉宿の一間の寂しい女主人の身に私をかへさせてしまひました。昨日も、今日も、明日も、明後日も、恐らくはまたその先の日に於ても、目覺めさへすれば私はこの書きかけた手紙の先を急いで、をはりの數行を言ひたいためにばかり、過ぎし日の醜い姿を寫し出して行かなければなりません。――
『沼尾君は何か僕に不快を抱いてるんではないだらうか――たとへば僕がいつも、沼尾君の留守に來て、上り込んで話してゐるといふやうな事がですね。』
 Aは時々思ひ出したやうに、こんな事を言ひ出しました。
『そんな事はないわ。』と、さういふ時、私はきまつて慌ててかう打ち消すのです
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