、どうも家庭が面白くいかないらしいのでした。どちらかといへば、その從姉をあまり好でなかつた私は、却つてAの方に同情を寄せる位でしたけれど、それだといつて會つて見ればのことで、別にどうといふ考もなく、たゞあの人の話が出れば、すぐにあの事を思ひ出して、そして微笑するだけの事でした。それは、Aが初めて私の家に來た時の容子で、小倉の袴の腰に手拭を棒しごきに下げてゐましたが、その手拭がひどく汚れてゐて、玄關に上る時にそれを引き拔いてはつたはつたと足の埃を拂つたのでした。その時の實直な態度を思ひ出すと、私は今でもやはり微笑まずにゐられません。
それから私達の白熱的でない戀の成行が、大層な廻り道をした揚句、やつぱりあなたと私とは結婚することになりました。その時にAは私達の前途を祝福するといふやうな、感傷的な手紙を私にくれましたが、私はその當時何も彼も、結婚生活の一大混惑――樂しいといつていゝのか、苦しいといつていゝかわからない――の中にすべてを忘れ去つてゐました。
六
Aが私達の家庭に親しく出入するやうになつたのは、それから半年ばかり後の事で、ある小さな新しい團體の展覽會に[
前へ
次へ
全51ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
水野 仙子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング