か。もつと確りしなくちやあ。」と、あの人は宥《なだ》めるやうに云ふ。だのに、私はしかもそれを望んで居る。男を困らせたり、足手纏ひになつたり、意気地がなかつたりするやうな、つまらない、仕様のない女と自分をすることが、今の私を最もよく慰める。それが私に最もよく復讐をする。
或日。Nさんが遊びに見える。あの人は留守だつた。その二三日前、あの人がNさんを訪ねた話が出たあと、Nさんはふと思ひ出したやうに、何かもの言ひたげの顔をして居る。私は直ぐに悟つた。
「なんか言つたんでせう? 私のこと。」
Nさんは笑つて居る。
「腐つてるやうだつて?」
私の顔には、皮肉な尖つた笑ひが泛《うか》んで来る。その癖、妙に遣瀬ない気持だつた。
「とにかく、貴方は此頃荒んで来ましたね、どうかすると目茶苦茶に自分を打《ぶ》ち壊して行くやうなことをする。もつと自重しなけりやいけないぢやありませんか。」
此人も私に、利き目のない薬を盛らうとすると思ひながら、自分を鞭打たれる快さを私は味はふ。
「私は堕落してるんですわ、生きるつてことにちつとも興味を見出すことが出来ないんですもの。」
「手がつけられないな。恋《ラブ》でもしたらいゝぢやありませんか!」
「対手《あいて》がないわ。言ひ替へればそんな興味もない訳なの。」
「ぢや、死んでおしまひなさい!」
「全くね。」
私は面白さうな軽い調子で言つた。
「なんの興味もない………なんの刺激もない………たゞ、眠つてすべてを忘れてしまふことゝ、泣くことが一番、今の私に取つての慰めなの。私此頃、なか/\泣くことが上手になりましたよ。泣いたり、嫉妬をしたりして、自分から刺激をつくつて行くのよ。」
Nさんは眼鏡の中から、黙つて私の顔を見て居た。
Nさんの帰つたあと、私は潮のさすやうに寄せて来る味気なさに漬りながら、珍しく自省的な気分になつて居た。
「何も彼《か》も私がわるい!」と、最後はたゞ此一語に帰着する。たとひあの人がどうであらうと、それに応じて加減して行かねばならない立場に居るのが私なのだから。
すべてが思ふやうにならないといつて焦慮《じ》れるのは、私が悪くなくてなんであらう。自らを医《いや》すものは自らの外にある筈がない。それを私はあの人に望んでゐる。あの人にも罪に与からせようとして居る。この上に明らかな間違つたことがあらうか? この頃の二人の倦
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