し、ちつとも寒かないがね、さつちやんが寒いだらうと思つてさ。電車の中で向側から見てゐたら、なんだか寒さうな土氣色をしてゐたよ。この頃少し痩せたやうだね。』
『さうでもないでせう。』と、お里は笑ひながら自分の頬を撫でて見たが、新しく涙が湧き出ようとしてゐるのを覺えた。
 お里はいつも優しく言はれると泣きたくなるのである。そしてつくづくこの四五箇月のことが振りかへられる。いつだつて今月こそどうしようと思はない月はなかつた。都合に依つて會社の方をよしてしまつてからの病氣だつたので、一日だつて心の落ちついてゐる時はなかつた。辛い思をして田舎の里へ無心をしたり、夫の義兄の世話になつたりして、やうやう難關だけは通り越して來たが、まだあゝしてぶらぶらとほんとの體になれないでゐる……と思ふと、夫がいとしいやら、自分がいぢらしいやら、寂しい思に閉ぢられて過したその頃が、新しく閃いて頭を横ぎるのであつた。かうして優しく夫に劬られると、感心な節婦の話ででもあるかのやうに自分が眺められる。心配と勞力に酬いられるものゝ少い失望も忘れ、月々の藥代を見積つて、そつと着物の値段と比べて見たりしたさもしい心の跡方もなく
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