あつた。
 幸吉はまた續けた。
『……死ぬつていふ事は、容易な事でない、決して容易な事でない、それだのに叔父《おんつあ》は、「おれは死ぬぞ!」つてかういふんだ……「おれは死ぬぞ、あとは宜しく、た、の、む、ぞよ!」死ぬつて事は、なかなか自分が死ぬつていふやうな事は、自分で考へられるものでも言はれるものでもない……それだのに叔父《おんつあ》は言つたんだ……「お互に援け、援けられ、仲善く暮してくれろよ、宜しく頼むぞよ!」……お、叔父《おんつあ》はおれにさう言つたんだ、このおれに、このやくざなおれに、叔父《おんつあ》は昔から力瘤を入れてくれた……それだのに、その力を入れて貰つたおれは、四十にもなるのに今だに素寒貧で、愚圖で、馬鹿で、やくざ者で……意氣地なしの大へつぽこ!……』
 彼は感傷的に、自分に向つてあらゆる惡口を並べたてた。しかも彼は決してそれを誇張だとは思はなかつた。彼は心から自分を足らぬ者、不肖な者だと思ひ込んで、自分を鞭ち、責めるのであつた。彼が間もなく家に歸つて、一睡した後には、また緊縛されて、めつたに機會がなければ省られないであらう彼の心の善良な部分が、今は心ゆくまでにその翼を
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