つて、まあその爵位に向つて敬意を表してですな……』
幸吉は蒸氣のたちさうな程赤くなつた顏の相好を崩して、いかにも滿足さうな、嬉しさうな、そして人の好い顏付になつてゐた。
『なるほどね、しかしまあよつぽど變つた人らしごすな、しかしとにかくまあ男爵つていへば豪いもんだ、何しろ華族樣だからなえ。』
正兵衞も既に眼の中まで赤くしながら、いかにも感じ入つたやうに合槌を打つて肩をゆすつた。
『おい、もう一本つけておくれ!』と、彼は持つて見た徳利が輕かつたので、機嫌よささうに臺所の方に聲をかけた。けれどもお園の返事がなかつたので、徳利を持つたまゝ身をそらして臺所の方を覗き込んた。小女がこちらに背を向けて、俎の上でしきりに何やら刻んでゐた。
『おい、お清、酒をつけてくれろ、酒を……』
『いやもう澤山です、澤山です。』と、幸吉は一本殖える毎に繰り返す辭退を猶も忘れなかつた。
『なあにいゝさ、時には少し氣保養しなくちやなえ……時にどうです、この頃の景況は?』と、正兵衞は片手に煙管を挾みながら、片手で幸吉の盃につめたくなつた酒をしたんでやつた。
三
それから暫く經つて、何かかこひの
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