食物を小だしした蓋物を持つて、お園が倉から出て來て見ると、二人は金時のやうにまつ赤な顏をして、話の調子もひどくはづんてゐた。
『大分きいて來たやうだ。』と、お園はちらりとお盆の上に目を走らして、それからまた臺所に姿を隱しながら、幸吉が無性に力味返つて話してゐる醉どれらしい調子に厭でも耳を持つて行かれた。
『いゝかえ、なえ本家、いゝがえ……』と、幸吉は一語一語に力を入れて、その度に恰も何かを抑へつけでもするやうに、腕に力を入れて手を上から下へと振り下すのであつた。
『おれは虱の中から身を起した……虱と一所に育つて來たおれが……全くだぞ、え、本家、あんたはまあその頃のおれ家《げ》を知るまいが、嘘だと思ふならお園さに聞いて見なんしよ、こつちのお父さお母さはよく知つてた筈だから、お園さだつてきつと話に聞いてたに違ねから……炬燵の上でも何でも、虱が行列をして歩いてたもんです。着物だつて蒲團だつて洗濯するにはかはりがいるつていふやうなわけで、まあ汚い話だげつと、こぼれる程ゐやしたな……おれは子供心にもこつちのお母さなとが御年始に來てくれる時なぞ、何が何つていふわけもなく恥しくつて仕樣がなかつたもん
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