の爲の用事で、東北の方を旅行した事があつた。その時自分の前の座席に腰を掛けて、隣り合せた男と頻に開墾地の話をしてゐた商人體の男があつて、その話してゐる事が自分の用事と少し關係がある爲に一所懸命耳を傾けてゐるうちに、男爵はその男の言ふ事がすつかり氣に入つてしまつたのみならず、その猫背の實直らしく見えるところから、手織縞の服裝から、何まで氣に入つてしまつたのであつた。彼は自分からもその男に話を向けた。そしてその男の降りる停車場が自分にも一寸用事のある町だつたので、彼はどういふわけかその事のためにすつかりその男を信用してしまつたのであつた。外でもないその男が即ち綿屋幸吉なのであつた。
『それからつてもの馬鹿にどうもわしを信用しつちまひやしてな、この町さ來るたんびにきまつて青巒亭から迎へに來んです。この近在にも少し地所を持つてんですな、時々小作人なんぞ呼んで酒飮ましたりなんかして、一さわぎ騷いで行ぐんですが、わしの目から見ると、何が何だかどうも、まあ、あゝいふのが馬鹿殿樣つていふんですべ。わしも呼びに來られるたんびに隙だれて仕樣がないけれど、いくら馬鹿殿樣でも、閣下は閣下、男爵は男爵だからと思
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