格子戸の開く音と、小聲に一言二言交へる音とが止んで、鳴皮の踏みしめる音がかすかに錯綜してゐるのも止むと、
『お免下さい。』と、しつかりした聲が訪ふ。
細君はしづかに手をついて玄關の障子を開けた。六つの眼の注視を受けて三枚の大形の名刺を手に取ると、細君はすぐにこの間中の事が頭に浮んではつとした。それには三枚とも辯護士の肩書が威すやうに活字に編まれてゐた。
始終を見て取るやうに立ちはだかつた辯護士達の目に、やせ形の色の白い、新婚後まだ間もないらしい二十二三ばかりの細君の顏が、やがてとりすましたやうに整つて行つた。
『その何です、吾々は○○の辯護士會から、少し取り調べたいことがあつて上つたのですが、それは御當家の先だつての盜難に關してますので、甚だ御迷惑でせうが……』と、一人が口を切ると、細君は皆まで言はせず引き取つて、
『はあ、まあ、左樣でございましたか。さあどうぞあの、むさくるしいところでございますが、どうぞこちらへ……』
『いえ、奧さん。長い時間も要しませんからこちらで澤山です。』と、寧ろ拒絶するやうに一人は引き受けて、『そこで……』
『でも、そこではあんまりなんでございますから……』
『構はんです。』
かう言つた一人は、仲間でも「おほん」と綽名をしてゐる位、情實といふやうなものに引き入れ難い態度の男であつた。
細君の顏はみるみる引き緊つて行つた。その答辯の模樣は、地方の女學校出でもあるらしく、時々生硬な漢語などを交へた。
『なるほど、その日にお宅に出入したものは差配の爺さんより外にはなかつた……それからあなたは風呂にいらしたんですね。』
『はい。』
『ぢや、その留守に何者かゞ來なかつたとも限らないんですね。』
『勿論、左樣でございます。』
『で、あなたはそのお金を茶ぶだいの上に忘れてお出なすつた……たしかですね、あなたはさうお信じなさるんすぬ[#「なさるんですね」の間違いか?361−4]。』
『は、どうしてもさう信じられるんでございます。』
『ですが奧さん。』と、一人の辯護士が口を挾んだ。『あなたはお風呂にいらつしやる時、そのお金に就ては何かお考へになりませんでしたか? たとへば危險を感ずるとかなんとか……』
『は、それはなんでございます。風呂に持つてまゐりますのは危險だと存じましたものですから、置いて行つたのでございます。』
『をかしいですね、風呂に持つ
前へ
次へ
全6ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
水野 仙子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング