て行くのが危險なら、人のゐない家に置いて行くのはなほ危險ぢやありませんか、殊にちやぶだいの上なぞに……』
『それが、忘れてまゐりましたんで……』
『ですが危險を感じて忘れるとは受け取れませんね。』と、代つて一人がぢつと細君の顏を見つめながら言つた。『どつかに一寸おしまひになりやしませんでしたか?』
『いえ、しまひでもいたしましたなら、盜られもしませんでございましたでせうけれど、全く私が迂濶に置き忘れてまゐつたものですから……』と、細君は慌てゝうち消した。『全く、置き忘れましたのは私の過失でございます。』
『はゝあ、ではやはりあなたのお留守に何者か窃みにはひつたのでせうな。ところでと、そのお金がお引越の時に、茶盆の下から出たといふのでしたね。』
『は、その通でございました。』
『茶盆は毎日お使ひになつたものでせうな。』
『は、毎日使用して居りました。それがその朝になつて出てまゐつたのでございますから、どうしても一度盜み出したものが、あまり搜索が嚴しいんで、怖氣がついてそつと戻しにまゐつたんだらうと思はれるんでございます。ちようどあの引越の混雜に紛れて……私どもでもさう解釋するより外はないと申して居ります。』
『勿論、あなたがちやぶだいの上に置き忘れたといふことを主張なさる以上は、さう解釋するより外はないでせうな。』
「おほん」氏は言つた。その鈍いやうで鋭い眼を、興奮した感情をさもなく裝はうと努めてゐるらしい細君の面にそゝぎながら。
『奧さん、お金におぼえでもありましたか?』
『はあ、ごいます[#「ございます」か?363−5]。拾圓紙幣が五枚と五圓紙幣が七枚、それに一圓紙幣が二枚でございました。』と、細君は流暢に答へた。
『なるほど、都合八十七圓ですな。それで? 少しも減つてゐませんでしたか?』
『は、少しも減つて居りません。』
『金にもかはりなく?』
『は、あのなんでございます。さう申せば、五圓紙幣が一枚、少しかう汚れて、あの桃色のやうなものがついたりなんかして、少し皺になつたのが交つてるやうでございました。』
『すると、盜んだ奴は五圓だけ使つてしまつたので、自分のを代に入れて置いたといふんですね?』
『いえ、さう斷言は出來ませんけれど、或はさうでないかと思ふんでございます。みんな新しいお札だつたやうに覺えて居りますものですから……』
『はゝあ。』
辯護士達はお互に
前へ
次へ
全6ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
水野 仙子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング