近くの熱が續くばかりでなく、時には平温をずつと下つて、熱度表の青い筋が度はづれて高低になつた。そろそろ薄曇の眼鏡をかけた醫者の手にかけて置くのがなんとなく不安になつて來た。産科醫でなく、かうなつてはもう普通の病氣のやうなものだからといふ説も出て、つい一週間ばかり前に開業した醫學士――新しいものを好む人の常のせいか、町ではこの人の評判がすばらしかつた。その醫學士をといふことになつて、一寸手づるがあるのをさいはひ、加納屋のをぢさんがある晩提燈をつけて、特にわざわざ勝手元から頼みに行つてくれた。
その晩病人は突然烈しい戰慄が來た。早急のことゝて母親もお芳も少からず狼狽して、聲をたてゝ宗三郎を呼んだ。醫者へ驅けさせた鐵雄といふのが、折惡しく近在の急病人のところへ行つて留守だつたと戻つて來た時には、ふるへはをさまつてゐたが、そのかはり今度は急に熱がり出して、蒲團をかいやつて仕方がなかつた。その明日背の圖拔けて高い醫學士が廻つて來た時にも、前夜と同じやうな戰慄が來て、寒い寒いと大騷をするので、そこにあつたありたけの座蒲團をかけて、母とお芳が左右から力を入れて押へてゐた。暫くして熱い熱いと言ひ出す
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