あれから氣を取り直して、朝の挨拶も自分からするやうになつた。
看護婦や澤田さんはまだ毎日通つて來て、洗滌を終へてから火鉢を圍んでよもやまの話をしていつた。煮物をしておいたり、時によつてはお餅を燒いたり、何かしらお茶うけの絶えないやうにとお芳は注意した。時々はお子さんにと、澤田さんが歸る時に蜜柑や干柿のやうな物を紙に捻つた。
枕許の小机に並べた葡萄酒や藥罎の肩に埃が溜つた。絶えず立てどほしの屏風に、今見れば字の跡を散して血の跡見たいものが附着してゐる。じつと見て、お芳は恐しい恐しいいつかの夜の有樣を思つた。女といふものが思はれ、子といふものが思はれ、續いてさまざまな家庭といふものが思はれた。婿取はよそ目にはいゝやうだけれども人一倍辛い、かう誰かゞ言つたことも思ひ出されて、今までの姉の立場が抉り出したやうにはつきりとわかつたやうな氣がした。いづれは女、この自分までがそんな渦の中にはひるべき運命を持つてるのかと思つた。
都へ都へと誘ふ友達のことが思はれた。
『お母さん、すまないげつとまたかへして。』と、お勝は氣の毒さうに寢がへりを催促した。
掻卷を着て、たわいもなく居眠をしてゐた母親
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