は、ふと首をあげて、
『またか……ほんに面倒臭いなあ、今かへしてやつたばかりだのに。』
と、億劫さうに立ち上つた。
『すみやせん。』と、切なさうにお勝は聲を落した。
『お母さんはまあ!』あんなにまで心配して大さわぎしてゐた人が!
と、お芳はなんとはなしに母親の顏が見られた。ふとしたことから、この間『お母さんは飽きたんだ!』と、病人が口をあましたのを、あまり勿體ないことをいふと思つたが……
 そゝけた白髮が穢く見える。眠を貪るやうにこそこそと行火に伏した丸い背が、影一ぱいに壁にうつつた。
 水を吸ひ切つた床の間の南天が、塵に塗れて勢なく掛軸に影を置いた。
 お芳はつくづくと頭を押へるやうな部屋の空氣を感じた。

『はあ、もうこれで安心しやした。あんたなんだつて四十幾日つてものは、芳も私も帶を解きやせんでしたからねえ、かはりばんこに炬燵にひつくりかへつてて……いやいや一方ならぬ心配をしやした。』と、加納屋のをばさんに、ある日母親が述懷めいたことを言つてるのを聞いた。
 お勝はこの間、床あげをするやうになつたら、看護婦や澤田さんや友達をみんな呼んで、一日歌留多取をするやうにと言つたので、お芳
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