財産家の娘だから、ぱつとした身なりをしてゐた。
 夕方になつて、澤田さんが裏口から忙しさうにはひつて來た。
『どうも今日は失禮しました。岡野さんのお嫁さんのお産に出ましてね。えゝまあはじめてとしては輕い方でせうねえ、けさ方二時々分から痛み出したんださうですよ、大旦那さんがまあ大さわぎをして、それはそれは、えゝ女のお子さんでしたよ。』
 強ひられたといつてほんのりとした頬を、熱い熱いと言つて兩手で叩いてゐた。

       八

『宗三郎はほんの氣の付かない男だから……あれほどの大病人の傍で、氣が付きさうなもんだのに、なんだつて青銅の火鉢へかちんかちんと煙管を叩きつけるんだもの、傍にゐて私あはらはらしてゐる。』と、母親はある時|老父《としより》と火鉢のところに顏を集めて、こんな話をしてゐた。
『むゝさうともな、少しは氣を付けなくちやあ……好い人間は好い人間なんだげつと、少うしたわいのない方だから困る。』と、老父は火なたのついた腕を火鉢の縁にならべて合槌を打つた。
『さうともい、すべて何事にも氣が付かない方だから。』
 この時宗三郎が店から忙しさうに、ついとはひつて來て、ちらと目をやつた
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