らのかへしにはいつも老いたる父母、家の事情といふことが書き込まれた。どこまで自己を沒しなければならぬか?と反問して來たのに對して、凍る筆を火に翳しながら、覺束ない議論みたいなものを書いた。
 男が女に送る手紙には、いつかははてと首をかしげるやうな箇所が必ずあつた。消した跡の字を透して讀んで、お芳は我知らずほゝゑむ時があつた。
 一日看護婦が來て小半時待つてゐても、一所にやる筈の産婆の澤田さんがなかなか見えなかつた。清治が折惡しく使に出てゐたので、お芳は沖といふその産婆のゐる家へむかへに行つた。そこもお針の弟子を澤山にあづかつてゐる家で、板塀の中から歌留多の聲と賑な笑聲とが洩れた。澤田さんは、あけがた産氣のついた家からむかへに來られて、今だに歸つて來ないといふ。引きかへさうとすると、障子をがらりとあけて、
『芳ちやん。』と、女の人が笑顏を出した。
『あら!』
 それは中の姉の友達で、お芳が小さい時によくかはいがつて貰つた人だつた。歌留多に招ばれて來たものと見える。
『姉さんが惡いんだつて? どうなの、この頃は。』
『えゝ、少うし快くなつたやうなの……』
『さう、お大切に……』
 その人は
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