ある晩新年の雜誌を買ひに出かけて、ふと通りがかりの友達の家に寄る氣になつた。
『まあ芳ちやん。』と、そこのをばさんが迎へて友達を呼んでくれた。ちようど歌留多をとるといつて、四五人の人があかるい座敷に集つてゐた。つい交つて見る氣になつた。
『今晩は。』と、そこへはひつて行つた。一樣に向いた人々の顏を集めて、お芳はふと平常着のまゝだつたのに氣が着いた。
『珍客來、珍客來!』と、一人の中學生が言つた。

 疲れ切つた體には蒲團が重いといふので、天井から麻糸を下げて蒲團を吊つた。さうして一時間と同じ向になつてゐては體が痛いといふ。神經痛を起して、足を持つと飛び立つやうに騷ぐので、腰のところの隙にそつと手を入れて、しづかに寢がへりをさせてやる。床ずれがしないやうにと綿も置いてやつた。
 十時、十一時頃まではお芳が番で、それからは母親か宗三郎が代ることにきまつてゐた。行火に小蒲團をかけて、湯氣のたつ火鉢の傍で、枕時計の音を聞きながら、お芳は雜誌を讀んだり、病人に「我輩は猫である」などを讀んでやつたりした。
 時には都や地方の友達などに手紙を書いた。都へ都へと誘ふまだ見ぬ友達も多くあつた。それ
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