前だといふのに心配するからと思つて……』
『いゝてば!』お芳は身を揉んだ。
あさましいとは思ひながら、自分一人が何事も思ふまゝにならぬやうなひがみがして、いまいましいやうな、人が羨ましいやうな、ぢれてぢれて、さうしてすねて見たかつた。
しばらくすると病人が屏風のかげから、
『芳、芳……』と、細い聲を出して呼ぶので、お芳は急にもの悲しくつて、齒を喰ひしばつて顏を蔽うてしまつた。
七
餅は宗三郎の姉の家でついて貰つて、ともかくもお飾をした。
病人も年を越す頃からそろそろ見直して、一日平温位にとゞまつてゐる時もあるやうになつた。併し衰弱の爲に元氣はもとよりなくなつて、かげの部屋の客の長い話や、戸のあけたてなどに一々眉を顰めた。戸のある柱には紙を張りつけた。そゝつかしい清治は、必ず一日に二三度位は足音や戸のあけたてゞ小言を喰つた。
友達のところから度々お芳に歌留多の使が來た。お芳は一々紙片にことわりの文言を書いてやつた。母親も病人も氣の毒がつてるやうすだつたが、お芳はそのかはりにほしいと思つてゐた「一葉全集」や、その頃評判だつた「その面影」のやうなものを買つて貰つた
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