ばかりでなく、今夜のすべての女は、美しくあり立派であるやうな気がした。みんながみんな、真新しい柄合ひの著物を著て、心安げになんの屈託もなく振舞つてゐるやうに見える。それにつけても、これがわたしの精一つぱいのお扮《つく》りなんだと思ふと、妙に身窄《みすぼ》らしく自分の肩のあたりが眺められる。
そつと夫の顔色を窺ふと、窓の外に走つて闇から闇にちら/\する街の灯にその眼は捕《とらわ》られてゐて、さつき暗い道の一つの軒燈の光りで見た時のやうな、自分にのみ心を傾けてゐるやうな、純一な顔ではなかつた。その瞳にはさま/″\な社会の色が反映してゐた。
二人は萬世橋の停車場を出て、光りの海のやうな須田町の交叉点の方に紛れて行つた。
「乗る?」
「歩きませうよ。」
二人は肩を並べるために、忙しく行き違ふ人を避《よ》けながら、片側の家並《やなみ》み[#「家並《やなみ》み」はママ]を銀座の方へと歩き出した。
「ねえ。」
「ん。」
「今電車の中で、わたしの直ぐ向ひに腰かけてた女があつたでせう?」
「うむ。」
「随分いやなやつね、傲慢な顔をして。」
「だけど、別嬪だつたねえ。」
妻はちらりと夫の顔を見た。
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