に燻ぶつてゐたので、訳もなく向く人達の眼にも一寸|面伏《おもぶ》せなやうな気がして、妻は夫の指してくれた空席に急いで腰を下した。そしてその前の吊皮《つりかわ》に下つてゐる夫の袖の下からそろ/\とあたりを見廻した。
まづ安心したことには、あまり気早過ぎはしなかつたかと内心気にしてゐたのであつたが、車内の人の半分近くも袷せを著《き》てゐたことであつた。それに味方を得たやうな落ちつきが出来て、つひ真向ひに腰かけてゐる女が、妙にぢろ/\見てゐるのを大膽に見返してやつた。女に女が対手《あいて》になる時には、無意識に自分を対手に比較するもので、まづ縹緻《きりょう》の好し悪し愛嬌の有無、著物《きもの》の品質を調べて、まだ得心がいかない時には、その柄合ひの見たてゞその人の趣味を判断したりする。でその女は、いやに人を蔑《さげす》んだやうに見る癖によつて反感を買つたばかりでなく、すべてに於いて弾ねかへすやうな軽い憎《にく》みを妻に感じさせた。けれども縹緻はよかつた。――それも俗な男に好かれさうな――と妻の心の呟きはつけ加へたけれども。身なりも、馬鹿にけば/\しくはあつたけれど立派であつた。いや敢てその女
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