しの袂《たもと》の先に継ぎの当つてるやうなものであることなどを何気なしに言はうとしたが、そんなことを言つて夫の心を刺激してはよくないと思つて止した。「あの人は今に必《きっ》と働くだらう。そしたらわたしの著物だつてきつと快く買つて下さる!」
何も彼《か》も今はこれで満足であつた。夫がこれまで二人の生活を支へてゐた会社を止してしまつてから、もう三月にもなるのに、内心はともかくも表面は存外平気らしくみえるのが、時々烈しく心の中に非難されるのであつたが、今は十分夫の心持ちに理屈もつけられゝば、同情も出来、殊に、常にはあんまりよく腑に落ちてない会社を止した動機が、全く夫のいふ通りに男の意地をたてたもので、さうしなければならなかつたのだらうと理解も出来るし、明らかにそれが却《かえっ》て得意にも思はれるのであつた。
久しく忘れてゐた身じまひのあとのすが/\しい気分が、軽い自惚《うぬぼ》れまでひき起して、帯や半襟やの色彩《いろどり》がいくらか複雑に粧はれたのを、鏡の中に満足さうに見た。
「これで一かどの別嬪《べっぴん》さんが出来上つたつていふところだね。」
「あら!」
「いや全くだよ。馬鹿に今夜は
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