り持つてゐたものは、今のところみんなお米の代にかはつてしまつたんだもの。」と妻がおもへば、
「女つてものはどうしてあゝ物質的なもんだらう。気持ちがせまくて、偏つてゐて、わがまゝで、自分のことより外は何も考へてゐないんだ、きさま達に男の心持ちなんてものが解るもんか。著物《きもの》が出来ないといふことを最大の条件にして、さも/\おれを意気地なしだと思つてゐやがる! 飛切りいゝ柄がぶら下つてゐたつてそれがどうなんだい! へんそれがおれへ当てつけの積りなんかい?」と夫は心に呟いた。
 お互に黙りあつて歩いてるうちに、二人はいゝ加減くたびれて来た。それでもやう/\のことで目的の銀座に近づいた時には、そこに二人とも何かを期待するやうな心持ちであつた。
 人の往き来は一層繁く、灯影《ほかげ》はまた一段と輝かしく、暗いけれど高い空にほんのりと余光をあげてゐた。風を切つて行きちがふ電車の煽《あお》りを喰つて、街樹の柳がすうと枝を靡かせて行く。
 活々《いきいき》とした雑閙《ざっとう》と、華々しい灯の飾りの中にその姿を現はせば現はすほど、妻は自分の体から光りなり色彩なりを吸ひ取られて行くやうなのを確かに覚
前へ 次へ
全14ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
水野 仙子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング